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朝、起きられない。
──うつ病かもしれない僕の、数十年の話
先に言っておきます。これは、めちゃくちゃ長いです。
たぶん、最後まで読む人はほとんどいません。それでいいと思っています。
軽い気持ちで読んでほしい話ではないし、誰かを励ますために書いたわけでもありません。だから、もしあなたが今、心の病で──うつとか、朝起きられないとか、生きづらいとか、そういうもので本当に困っているのでなければ、ここでそっと閉じてください。時間がもったいないので。
逆に、もし少しでも当てはまるなら。すこしだけ、付き合ってください。僕の、数十年の話です。
朝、起きられない
朝、起きられない。
たったそれだけのことが、どれだけ人生を狂わせるか。健康な人には、たぶん一生わからないと思います。
僕は今、34歳。会社を経営しています。こう書くと、それなりにちゃんとした人間に見えるかもしれません。でも、いつ自分がうつ病になったのか、僕は正確に覚えていないんです。
物心ついたときには、もう朝が起きられない子でした。10年前からなのか、20年前からなのか。もしかしたら、生まれたときからずっとそうだったのかもしれません。
椅子を投げて、泣いていた子
幼稚園のころ、僕は登園拒否みたいなことをしていたらしいです。
朝になると、子供用の椅子をぶん投げて、暴れて、行きたくないと泣いていた。自分ではあまり覚えていないんですが、親はよく覚えています。
小学校に上がっても同じでした。学校には行っていたけれど、全部出席できるような子ではなくて。朝がだるい、起きられない。そういう日は、一日を家で過ごしました。共働きの親が帰ってくるまで、地域のコミュニティセンターみたいなところに預けられて、知らない子たちと時間をつぶしていたこともあります。
中学も、途中から行ったり、休んだり。不登校とまではいかないけれど、心配した友達が家に遊びに来てくれることもありました。
高校では、もっとひどくなりました。あと一回でも月曜の1限を休んだら留年が確定する、というところまで来ていて。仲の良かったクラスメイトが、わざわざ家まで来て、一緒に登校してくれた。今思えば、あれでなんとか卒業できたんだと思います。
不思議なもので、部活だけは休まなかったんです。
100人規模の部活のキャプテンをやっていました。昼ごろに登校して、みんなと昼飯を食べて、午後の授業を受けて、部活をやる。そういう生活。好きなことには、体が動く。でも、それ以外がどうしても動かない。子供のころから、ずっとそうでした。
朝が起きられないだけで、人生はハードモードになる
高校を出て専門学校に進みました。結果は、想像どおりです。
出席が足りず、卒業できないことが確定しました。2年の途中から就活を始めて、みんなが卒業式をやっている日、僕はそれを見送っていました。
21歳から働き始めました。最初は営業の会社。そこでも、やっぱり起きられない。
直属の上司が、「事務所に泊まっていいから」と言って、布団を買ってきてくれたことがあります。僕はそこで寝て、朝、上司に起こしてもらう。そんな生活をしていた時期もありました。
その後も飲食店で何社か社員をやって、店長が家まで起こしに来る、なんてこともしょっちゅうでした。
正社員として勤めた会社だけで、7社あります。それ以外に個人事業も長くやって、今は2社目の法人を経営しています。職を転々とする人生でした。
うつ病とかADHDとかHSPとか、心の病が知られるようになった時代だとは思います。でも、理解があるかというと、まだそうじゃない。「朝起きられないだけ」で、働けなくなる。それで何度もつまずいてきました。
そして、つまずくたびに、お金で困りました。
お金が、心を削っていく
正直に書きます。生活保護にお世話になったこともあります。
親や友人にお金を借りたこともあるし、消費者金融を使ったこともある。本当に貧困、という時期が、人生の中に何度もありました。
一番きつかったのは、状況そのものよりも、気持ちのほうでした。
生活保護で、国に家賃を払ってもらっているような感覚で住んでいた家。そこで、チョコチップの入ったスナックパン──10本くらいで1袋になっている、あれです──を、むさぼるように食べていた時期があって。
現実が辛いというより、気持ちがひもじかった。あの感覚は、今でもはっきり覚えています。
そういうとき、人はどうしても、まわりが羨ましくなります。
誰かと入れ替わりたいとは、まったく思わないんです。でも、「みんな健康でいいな」とは思う。「自分が元気だったら、こういうふうに活躍できたのにな」とも思う。元気な人が、元気なまま走っていく姿を、ただ見ている。
お金って、本当にストレスなんですよね。
病気のほとんどの原因はストレスだと言われます。逆に、不規則でも不健康でも、ストレスのない人はやたら元気だったりする。何も考えてなさそうなおじさんが、妙に健康だったりするじゃないですか。
うつ病の人に1億円を渡したら、一瞬で治ると思いますよ──そんな話を聞いたことがあります。原因論はあまり好きじゃないけれど、これは割と真理だと思っていて。心とお金は、たぶん、そんなに遠くない場所にあります。
ちなみに僕は、こんな状態でも、昔から商売だけは好きでした。
学生のころから物を売って稼いだり、10代でウェブ広告に出会って、勉強して、自分で営業して。一人で生きていく力をつけなきゃ、という思いが強かったんだと思います。働けるときに働く。そうやって、なんとか食いつないできました。
これが、うつ病というやつの正体
ここで、ひとつ誤解を解いておきたいことがあります。
「うつだから、気分が落ち込んで何もできない」。そういうイメージがあると思います。でも、僕の場合は、ちょっと違うんです。
僕は、非定型といわれるタイプのうつで、たぶん双極に近い。きついときは本当にきついけれど、元気なときはめちゃくちゃ元気。波があるんです。
そして、うつが「来る」ときは、前触れもなくやってきます。
頭が、ボーリングの球と入れ替わったんじゃないかと錯覚するくらい、重い。とにかく起き上がれない。物理的に、です。意識も朦朧として、気づいたらまた寝てしまっている。
倦怠感で、ずぶずぶ沈んでいく感じ。人と関わりたくなくて、連絡が来ても、一切見られない。
経営者になってからも、急にうつが来て、会食の約束に行けなかったり、ずっと返信できなかったり。申し訳ないなと思いながら、それでも体が動かない。そういうことを、何度も繰り返してきました。
たちが悪いのは、「いつ来るか」が読めないことです。
調子のいい日は、ふつうに動けます。だから余計に、自分でもコントロールできない。明日が大丈夫かどうか、誰にもわからない。
過集中なところもあって、一度スイッチが入ると20時間でも30時間でも働けてしまう。だから、働けるときに一気に働く。そうやって帳尻を合わせるしかなかった。
これが、僕にとってのうつ病です。
僕が、病院に通えなかった理由
もちろん、病院には行きました。精神科でうつ病と診断されたこともあるし、治療を続けようとしたことも、何度もあります。
でも、僕は一度も、通い続けられませんでした。
これを「甘え」だと思う人もいるかもしれません。でも、うつ病の人にとって、「病院に通い続ける」というのは、思っているよりずっと難しいことなんです。
理由を、正直に書きます。
ひとつ目。通院は、一回では終わりません。
予約して、決まった日に、決まった時間に、外に出て、病院まで行く。これを、何度も、何度も繰り返さないといけない。体調がいい日ならできます。でも、繰り返せば繰り返すほど、「その日」と「うつが来る日」が重なる確率が上がっていく。いつか必ず、ぶつかります。
ふたつ目。通院は、診察だけでは終わりません。
また行かなきゃいけない。診察にはお金がかかる。働いているなら、会社にも事情を共有しなきゃいけない。国の補助を調べて、申請のために区役所や市役所に行く。気づけば、ぜんぶが一連の「やること」になっている。この塊が、ハードルをどんどん上げていきます。
みっつ目。引っ越すたびに、病院を変えなきゃいけませんでした。
仕事を転々として、お金にも困って、住む場所も何度も変わった。そのたびに病院を探し直して、初診で、また一から生い立ちと症状を話す。これがもう、それ自体しんどいんです。
しかも、話している間ずっと、頭の片隅でこう思っている。「この先生は、信頼できる人なんだろうか」「自分と相性はいいんだろうか」「ちゃんとした知識や技術があるんだろうか」。それがわからないまま、自分の一番深いところを話さなきゃいけない。
そうやって、僕は通院を諦めました。
薬も、途中でやめました。抗うつ薬や睡眠薬には、依存のリスクも副作用もある。続けているとどんどん効かなくなって、量が増えていく。それを身をもって体感したので、やめて、メラトニンのサプリやグミでなんとか眠気を誘って、不眠をしのぐようになりました。
これが正解だったかは、わかりません。でも、僕にとっては、これが現実的な落としどころでした。
「そういう人がいる」と知るだけで、救われる
通院を諦めた僕を、それでも支えてくれたものがあります。
ひとつは、身近な人たちです。親。当時付き合っていた彼女。お金を貸してくれた友人。理解してもらおうと頑張ったわけではないけれど、結果的に、近くにいてくれた人たちに、ずいぶん救われました。
もうひとつ。これは、ちょっと不思議な話かもしれません。
世の中には、心を病んだ人に、ちゃんと向き合おうとしている人がいます。たとえば、自分の携帯番号を公開して、「辛いとき、死にたくなったとき、24時間いつでもかけていい」とやっている人がいる。出られなかったら、必ず折り返してくれる。
僕は、実際にそこへ電話をかけたわけではありません。
でも、「そういう人がいる」と知っているだけで、救われたんです。
何かあったら頼れる、というより、そういうふうに、ちゃんと理解して向き合ってくれる人が、この世界のどこかにいる。それを知っているだけで、だいぶ違う。あの感覚は、うつ病の人にとって、たぶんすごく大事なものです。
頼るかどうかは、別でいい。「ある」と知っているだけで、人は少し息ができる。
治ってはいない。でも、付き合い方は見つけた
正直に言うと、僕のうつ病は、今も治っていません。
「色々あったけど、今は幸せです」みたいな、きれいな締めくくりは、ここには書けません。書いたら嘘になるし、今まさに苦しんでいる人には、たぶん届かないと思うので。
ただ、数十年かけて、付き合い方のようなものは、見つけました。
人生はマラソンみたいなものだと思っています。働けるときに働いて、無理なときは無理をしない。一気に走れる日もあれば、一歩も動けない日もある。それでいい、と思えるようになった。
全方面に理解してもらおうとするのは、いつからかやめました。自分は孤独で、自分の力で生きていく。そう覚悟を決めて人生を設計しはじめてから、辛い・苦しいという感情からは、少しずつ解き放たれていった気がします。
治すことが、ゴールじゃなかった。どう付き合うかを見つけることが、僕にとってのゴールでした。
いまなら、家から出られなくても、診てもらえる
最後に、ひとつだけ。
これは、僕には間に合わなかった話です。でも、今これを読んでいる誰かには、間に合うかもしれないので、書いておきます。
僕が病院に通えなかった理由を、さっき三つ書きました。決まった日に外に出ること。診察以外の手続きの塊。引っ越すたびの、ゼロからのやり直し。
その多くは、今、ずいぶん軽くなっています。
スマホひとつで、精神科や心療内科の診察が、家で完結する時代になりました。OopsHEART(ウープスハート)は、医療法人TMC(東京メモリアルクリニック)が運営している、オンライン完結の心療サービスです。
通院のために、決まった時間に家を出なくていい。引っ越しても、同じところで診てもらえる。予約は24時間LINEから。心理テストと医師の診察をもとに、その人に合わせて診ていく、という形をとっているそうです。
これで、うつが治る、とは言いません。僕自身が使ったわけでもないし、心の病に、簡単な特効薬なんてないことも知っています。
ただ──さっき書いた、「そういう場所がある、と知っているだけで救われる」という話。あれと同じです。
家から出られない日でも、診てもらえる場所がある。そう知っているだけで、少し息ができる人がいるかもしれない。だから、選択肢として、ここに置いておきます。
頼るかどうかは、あなたが決めればいい。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
あなたが今日、すこしでも眠れますように。それくらいのことしか、僕には言えませんが。