第1話|キャッシュアウト発覚の日

土曜日の夕方ごろだった。

スマホに通知が来た。取引先の担当者からのチャット。「お休みのところ大変申し訳ありません。先日ご提供いただいたサービスについて、数ヶ月前の請求で恐縮なのですが確認をしていただけますでしょうか…」

一瞬で心臓がバクバク鳴った。

請求漏れ、というのがすぐにわかった。ざっと計算したがでかい金額だ。こんな大金の請求漏れがあるか?社内で気づかないことなんかあるか?いや、でもまだわからない。社内の担当者に確認しよう。そう自分に言い聞かせながら、社内にチャットで確認をした。

プロジェクト担当者と財務担当に内容を転送し、「これどうなってる?」と送った。土曜の夕方だがすぐに「確認します」と返事がきた。おれは返信を待ちながら、スマホを置いて、また手に取って、また置いた。それを何度か繰り返した。

会社を立ち上げて何年も経っていた。

スタッフが何人かいて、家賃と人件費だけでもかなりの固定費だ。だからこそ毎月の資金繰りは管理していたし、常に頭の中にあった。売上、支払、入金のタイミング。数字の全体像は代表であるおれが一番把握しているつもりだった。

配置・ポジションに不足はなく、それぞれの役割があって、おれは全体を見る立場へ移行していた。でも「全体を見る」というのはつまり「細部を誰かに任せている」ということでもあって、任せた先にこういう穴が開いていたとき、最終的に誰の責任になるかは、社長をやっていれば最初からわかっていることだ。

不足の事態というのはこういうことなんだろう。デカい取引先と契約が終了したり、取引先から入金がなかったり、先方からの請求漏れ・支払い漏れがあったり、ピンチに陥るということはお金が関係している。

30分後、それぞれの担当者から返信が来た。死ぬほど長い時間に感じた。

まず謝罪文が目に入って「終わった」と悟った。事実確認の結果が書いてあった。かなりの金額だ。おれは「了解」とだけ返信した。

通帳の残高。来月の振込予定。売掛金の回収見込み。買掛。未払の額。それらを一つずつ間違いがないか確認し、キャッシュフローを計算した。入力が嫌すぎて、ゆっくりポチポチと打ち込んだ。手もまぁまぁ震えていたと思う。

計算が終わった。それを支払うと、今月末の支払いが足りなくなる計算だった。

「あー、ここまでか」

というのも、前期から赤字続きで月単位で黒字になっても固定費がデカすぎて一向にキャッシュが貯まっていかない状況が続いていた。だから1〜2ヶ月乗り切ったところでどうにかなる問題ではないことが明白だった。

それでもファクタリングやビジネスローンを調べ、片っ端から開いて申込フォームに会社の情報を入力した。もしかしたらなんとかなるかもしれないし、最後まであがきたかった。

どこも当然審査には時間がかかるし、そもそも休日だから申込内容は確認してもらえていないだろう。

考えれば考えるほどどうにもならない。感情と数字が、別々の速度で動いていた。感情はまだ諦めていなかったが、数字はとっくに答えを出していた。覆らない結果とわかっていながらも、計算し直したり、ここから利益出すための戦略を考えたり、配置換えを行ったり、週明けに向けていろいろと準備をした。

はぁ、夜の11時を過ぎた。

妻が「なんか食べたら?」と声をかけてきた。「んーお腹空かないや」と答えた。なんでもないような声で答えられたと思う。そのときはまだ、誰にも言っていなかった。

この夜のことはあまり覚えていない、というか本能的に思い出したくないのだろう。たしか「倒産とは」みたいなキーワードで検索をしていたと思う。考えたこともなかった。何がどうなったら倒産なのか。倒産とはなんなのか。債務超過になったらどうなるのか。

今回の件、それぞれの担当者に付随するミスはミスなのだが、チェック体制にも不備があった会社のせいであり不詳の事態があったときにも会社が倒産しないくらいのキャッシュを貯めることができていなかった会社のせいであり、そしてキャッシュを貯められるような組織づくりをできていなかった会社のせい。つまりすべてはおれのせいなんだ。

誰も責められないし、誰にも相談できない。この感情についてはまったく説明できないけど、経営者の大半はこの気持ちを経験したことがあるんじゃないだろうか。経営者にしかわからない感情だと思う。

おれはその日の深夜、そのまま弁護士を探し始めた。


第2話:弁護士に電話した日(近日公開予定)

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